【埼玉県】ものづくりの誇り – 山本雄太さんが組立・組付の現場で見つけたもの

⚙️ ものづくりの誇りという選択

埼玉県の朝、北部にある工場へ向かう58歳の山本雄太さんは、ふと立ち止まって深呼吸をする。空はうっすらと白み始め、肌に触れる風はまだ少し冷たい。一年前のこの時間には、考えもしなかった景色がそこに広がっていた。あの頃の自分は、こんなに穏やかな朝を迎えられるとは、夢にも思っていなかったのだ。職人技を磨いて、誇りある仕事人生を歩む——まさにその言葉を地で行くような毎日が、今、山本雄太さんの人生にはある。

「30代に入ってから、本当に苦しい時期があったんです」と山本雄太さんは振り返る。定年前に新しい挑戦、生活の不安と将来への迷いが重なり、夜眠れない日もあった。預金通帳の残高は減る一方で、明日の生活費すら心もとなかった。それでも、家族のために何かしなければと、自分を奮い立たせていた。スーパーの値引きシールを貼られた商品を買って帰る道すがら、「いつまでこんな生活が続くのだろう」と空を見上げた夜の数を、山本雄太さんは今でもはっきりと覚えているそうだ。

ものづくりの現場

新たな一歩

「ここなら大丈夫かもしれない」——実際に職場見学に行った山本雄太さんは、現場の活気と清潔さに驚いた。想像していた重苦しい工場のイメージとはまったく違う、明るく整然とした空間。働いているスタッフたちは、すれ違う度に「こんにちは」と声をかけてくれる。先輩スタッフの一人が、わざわざ手を止めて「分からないことがあったら、いつでも聞いてね」と笑顔で言ってくれた。その瞬間、「自分もここで働きたい」と素直に思えたという。

入社してすぐ、ベテランの先輩が一対一で仕事を教えてくれる体制になっていた。山本雄太さんを担当してくれたのは、勤続15年以上のベテラン社員だった。「焦らなくていいよ。3ヶ月くらいで一通りできるようになるから」と言ってくれるその先輩の言葉が、何よりも心強かった。難しい場面に直面しても、すぐに飛んできてフォローしてくれる。質問すれば嫌な顔ひとつせずに教えてくれる。山本雄太さんはここで、生まれて初めて「自分は大切にされている」と感じたという。

成長と仲間

1年が経つ頃、山本雄太さんはチームのリーダーを任されるようになった。「自分にこんな役割が回ってくるなんて」と、最初は戸惑った。けれど、上司からの「君ならできる」という言葉を信じて、責任を引き受けることにした。毎朝のミーティングを仕切り、メンバーの体調を気遣い、生産計画を立て直す——慣れないリーダー業務は大変だったが、メンバーが付いてきてくれることで、徐々に自信が育っていった。「リーダーになって初めて、人を支えるとはどういうことか分かった気がします」。山本雄太さんはそう穏やかに語る。

工場の食堂では、埼玉県の郷土料理が定期的に提供される。地元出身の同僚が「この味、懐かしい!」と喜び、他の地域から来たメンバーも「埼玉県ってこんな料理があるんだ」と興味津々。食事を通じて、仲間同士の距離もぐっと縮まる。山本雄太さんも、最初は知らなかった埼玉県の食文化を、すっかり気に入ってしまった。「こうやって新しい土地の文化を知ることも、出稼ぎの楽しみの一つです」。仕事だけじゃない、生活全体が豊かになっていることを実感している。

工場での仕事

忘れられない出来事

ある日、山本雄太さんが手掛けた製品が、テレビの特集で取り上げられた。「これが世の中に出回っているんだ」。普段は気にしていなかったけれど、自分の仕事が確かに誰かの暮らしを支えていることを、改めて実感した。家族にもLINEで「これ、自分が作っているやつだよ」と写真を送ったら、母親から「すごいね、誇らしいよ」と返事が来た。涙が出そうになった。「自分のしていることに、こんな価値があるとは思っていなかった」。山本雄太さんは、その日の出来事を一生忘れないだろうと語る。

そして今

「あの時、勇気を出してこの仕事を選んで本当に良かった」。山本雄太さんは何度もそう繰り返す。仕事を通じて得たのは、収入だけではなかった。信頼できる仲間と、自分自身への自信。困った時には誰かが手を差し伸べてくれて、自分が困っている人を見つけたら、今度は自分が手を貸せる——そんな当たり前のように見える人間関係が、実はとても貴重だったのだと、今になって気づくという。「人生には、こういう温かい場所もあるんだ」と思えることが、何よりの財産になった。

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